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酔った勢いで書くMacレビュー(ほぼ回想記)

晩酌の芋焼酎3杯目をついだあたりで(当社比200%)そろそろなんでMacに手をつけてしまったかを書いてみたりします。

iPhoneのゲーム制作を始めた今日この頃ですが、もともとAppStoreが儲かる!という話が出回った今年の夏頃の感想といえば、「ゴールドラッシュで儲かったのはジーパン屋とツルハシ屋だけ」つまりマック本体を売るアップルと、ガイドやセミナーなどの教育ビジネスが鉄板で増収すると思いますが、鉱山に入ってつるはしぶん回しまくる開発はリスクも多く。古いネタですが「ゲームの達人」的な未開の土地での陰謀渦巻く戦々恐々の中でダイヤを探すそれみたいな感じがあります。

酔っぱらいなので、制作を始めたばかりの今だからこそ、そもそもこれまで、MacAppleがいかに選択肢としてありえなかったかを振り返ってみたいと思います。まず、ゲーム産業の開発現場として言えば、PCゲーム=Windowsを無視するなんてありえないわけで、なんでかといえばマルチプラットフォームが必須の昨今、どんなゲーム機をやるにも開発現場でもっとも使っているWindowsこそがマルチプラットフォームのベースになるし、そもそもMacに開発のベースを移行してしまったらどうやってhalf-lifeの続きをやるのか?高騰し続けるPCのスペックをマックとPC両方で買い支えるのか?



と思ってましたが、PCのスペックはある意味、頭打ちが数年続いてる感じです。つまり革命的な新作のために新しいグラフィックカード購入に悩む機会も少なく、これまでPCオンリーだったゲームの続編もコンシューマでたくさんでも出るし(Half-Lifeも360でばっちり遊べるし)、据え置きゲーム機のが対戦なのネット環境良かったり、フレンドも簡単に登録できたり継続出来てたり、唯一気になるのはFPSやるときにマウスよりパッドのが狙いずらいくらいで、まーPCはPCでアナログ移動が出来ないわけで。
っというわけでゲームをプレイするって意味でWindowsが必須という感じがかなりなくなってきました(えーと最初は開発の話だったような)


そんなところに気づきだした時に「Macの環境も食えなくもないかなぁ。。。」という発想に至るのですが、、、そもそもなんでWindows使ってたのか、、、ということを思い出すと、もともとはがちがちにAppleっ子であったのにこの10年ですっかりMSっ子になったわけなんですが、、酔った勢いでWindows以前のAppleっ子時代を思い出してみたいと思います。

私が初めて就職したスクウェア(ゲーム会社・その後ENIXという会社と合併)に入社した頃といえば、「実機はアセンブラだけど、C言語を知ってる方がツール作りに便利」という時代で、ツール類は「98かマック用」という時代でした。
当時、アセンブラしか知らなかった私がC言語をマスターしたのは98とマック、Unix(NEWSというワークステーション)で、マックに至っては資料がInside-Mac(当時はWebもないので、タウンページ並に分厚いApple純正の分厚いドキュメント6冊くらいを読破必須であった。その苦行は、六法全書並といっても過言ではない)。なんせ入門Cの10倍くらいのドキュメントと、それらに付随、関連するテクノロジードキュメントがてんこもりで、おまけに「これらの専門用語を全て覚えれるわけがない!!(無論Googleなどない時代、っつーかGoogle創業者は私と同い年)」と投げ出したくなるものでした。
それでもそういった試練に立ち向かったのはその時の必然として、みんなMacを当たり前だと思っていたし、ゲームを作るのにグラフィックを扱うのは当たり前で、突き詰めて言えばMacしかねーだろというほどに認知がありました。そしてWindowsやPC(当時はDOS/V)使いは「一部のマニアのもの」でした。

その後、Mac、そしてAppleは歴史的な退廃へ突入し、値段は高く、問題は山積み、そしてWindowsは多くの問題を乗り越え、安価なWindows95へつなぎ、Macの終息ムードから移行の選択を検討せざるを得なくなります。

結局Windows95が出て、マックからの乗換えの模索を始めたときに思ったのは、「食えなくもない」的なものでした。当時のはMacはそれまでの旧来文化(CPUが前世代だったり、互換性のためちゃんぽん環境だったり)に引きずられ、慢性的にもっさり感がただよっていたのに対して、Windows95は10倍のスピードだけど、機能は10分の1という印象でした。
機能が10分の1という印象としては、今となっては真逆の状況なのですが、それまで使ってきたPhotoshopなどが「Windowsでまともに使えるのだろうか?」という疑念からでした。

それでも、安価にグレードアップが出来るPC環境と、一向にもっさり感を脱しないMacという中、当時はPCとMacの両方をグレードアップするようにメンテし続けていたのですが、Windows2000の頃には新型Macを買おうなんて気もなくなり、Macでのプログラムを組むこともなくなり、開発現場でMacの購入をすることもなくなっていました。

そして今。。。

Windowsでついこないだまで先端フレームワークをいろいろと実践していたのですが、Vistaを支える技術、.NET Frameworkはすばらしいと思います。その設計思想も内容も素晴らしく、ユーザーにも開発者にも素晴らしい恩恵盛りだくさんです。

難点を言えば、アプリによって過去フレームワークだったり先端フレームワークだったりで、使用者から見ればよくわからないちゃんぽん状態過ぎて、開発者から見れば、ちょっと前(.NET 2.0)と先端(.NET 3.5)の違いはコジャレたアニメーションが出来るかどうかなどで、2.0で十分実用出来るアプリが作れてしまうので無理に先端である3.0などに移行したりちゃんぽんにしたりということをする気が起きず、なにより、似たようなことをやるのにいくつも選択肢があるのが面倒で決断が鈍ると思います。
いかんせん、ユーザーにはそれらのバージョンのフレームワークを任意でインストールしてもらわなければならないというのが大きな足かせで、3.0を使用したアプリは必然的にユーザーに3.0のインストールをしていただかなければならないし(Vistaでは不要だけど)ユーザーにその必要性を説明しなければならないのが最大にしてもっとも見逃されているネックだと思います。

例えば、DirectXはいまでこそ、3Dゲームをやるのに必須と多くの人がわかるものですが、最初はなぜ必要なのか懐疑の目もあったと思うし、DirectXの初期の時代、相手はコアゲーマー層なので説明も楽だけど、現在の段階で一般ユーザー層に.NETを理解した上で任意でのインストールを選択させるのは至難の業でしょう。

しかし、それらをしっかり開発者も使い手も理解しないと、今のVistaのもっさり暗黒時代は脱しないのではないでしょうか。

っという事情に直面してるWindowsは、とにかく「もっさり遅い、ハイスペックPCを要求しすぎて高い」という、Macの退廃時代の始まりを思い出させるものがあります。

少なくとも次期Windowsが出る2010年くらいまで、近来メディアを賑わせ続けてる「Vistaはクソ!」「Macは最高!」という記事が続くでしょうし、冒頭で言ってた「Mac?ありえなくねぇ?」といった私のちょっと前の認識に近かった人が、メディアの風に当てられてMacに流れてしまうのも必然かと思います。

それでも残る懸念としてはJobs氏の健康状態(万が一のことがあったら人類史へ影響するとイっても過言じゃないですよね)だったり、反撃ともいえるWindows7だったり(今のところあまり期待してないですが)ということがありますが、今この瞬間で言えば、Vistaを使ってて感じる焦燥感がMacではすっぱりなく、PCでしかで出来ない!と思わせるゲームも途絶え始め(そんなゲームが出た時だけPC起動します(今はLeft4Dead!))て、WindowsMacを机に並べていますがほとんどWindowsは起動しないという今日この頃です。

もっとも開発者的に言及したい、VistaよりMac!という点は、前述の通り、Vistaは素晴らしいけどいろいろな技術がちゃんぽんで、結局いろんなソフトがそれらを使いこなせず、クオリティがまちまちなのに対して、Macは非常に技術的に統一されてソフトのクオリティが平均して高く、その技術がiPhoneにもイカされてるおかげでいろんな人がいいシンプルでいいクオリティのソフトを作れてると思います。

非常に酔っぱらいレビューとして広がり過ぎた話になっちゃったので、いずれちゃんと技術的に関心した話をしらふの時に書いてみたいと思います(シラフだとしないような気もします)