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「これでいいのか?・最初の迷い」iYamatoメイキング

iYamatoメイキング第3回(多分最後) 心を揺るがす共鳴

メイキング話を書き始めた当初から、語るべきか語らざるべきか、と思っていたことがあります。

「このゲームを作るべきか?」という悩みがプロジェクトの当初にあり、それから考えると現時点での反響の数々は非常に感慨深いモノがあります。

最初のメイキング話でご紹介したのですが、当初はゲームに大和の存在はなく、高射砲の弾幕で対空戦をするゲームを構想しており、その時は「絵的にはリアルのがいいんじゃない?」と相談した友人に言われるも「iPhoneはField Runnerとかポップな感じのがウケると思う」と応えていた感じで、実は「具体的にどの戦争」とイメージさせないことが重要だと思っておりました。

↑のバージョンが出来た後、しばし「しっくり」こない感じに悩んだのちに「大和」にたどり付くのですが、

↑の絵をハメて「これはイケる!」と思ったあとに、もっと悩んだことは「スコア」の扱いと「ゲームオーバー」の扱いでした。

ずばり言って「そんな言葉を使っていいんだろうか?」という躊躇が多分にあったことと、さらに言えば、もともと「ポップなグラフィック」を考えていたのに「リアルで美麗」に大方向転換をしたことにはいろいろなきっかけがありました。

さらに言えば、アメリカが主な市場であるゲームなのに、アメリカと戦争してる日本側のゲームで、それをアメリカのAppleに審査してもらうなんていいのだろうか?審査通るのだろうか?とも随分と悩みました。

今となっては全て結果論ですが、その当時に悩んでいたことと、その悩みに対して背中を押してくれた数々の助言を今回は紹介したいと思います。


大和を題材としようと思った時に考えたのは、やはりターゲットの存在。アメリカで抵抗感は生まれないだろうか?逆に日本のオヤジ世代には訴求できるのではないか?と考えながら、オヤジには多分に会う機会があるので、↑のバージョンをいろんな人に見てもらいながら「コレは掴めてる!」という反応をいろいろと伺ってたのですが、何しろ皆さん、ホントに詳しくて、役立つエピソードをたくさんいただけて、取材には不自由しないいい題材だったのですが。

その中で、特に二つ「これは溜まらん!」というエピソードがありました。

一つ目は、友人から「ウチにも大和のモデルがあるんだけど見て見る?」という話。

私もゲームを作りにあたってプラモくらいは買おうと思ってた(本間氏は購入されてました)ので、「おお、それは助かります」と思っていってみたら、とんでもないモノを見せられたのですが。

それがコレ↓

一見、大和のプラモデルですが寄ってみると・・・

全ての窓はくり抜かれ、手すりやハシゴは全てピアノ線!で再現、まさに米粒に絵を描く勢いで全ディティールを渾身で再現した手作り大和!!
まさにトホーもない根気と愛情のアイテムで、その熱意は余すことなくグラフィック担当の本間氏に伝えるべくデジカメで記録。私自身は「どんだけー」っていう大和話を溺れるほど聞かせていただくことが出来ました。

そしてもう一つは「小松崎画伯は知ってる?」という助言。

その名は知らずとも、その絵はまさに幼少の頃の鮮烈な記憶。
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そう、画伯こそ、私世代の人ならダレしもが幼少時代に憧れた、「ドンだけ雄大なんだ!」というプラモの箱絵などでも圧倒的な存在感を与え続けた人物。

幼少の頃は画伯がどうのとかを知るよしもなく、ただただ、「大和のプラモ、1万円」とかを見ると黒人少年で言うところのガラス越しのトランペットとかいう次元をさらに超越した「見るだけで天国」というスーパー高値の花だったわけですが、今見てもその絵のド迫力、芸術度たるや、幼少ならずとも心揺さぶる鋭さを放ち続けまくっています。


とにもかくも、この2点の作品を見ることで、「アメリカにも売るゲームだから、なにかを濁して表現しよう」という考えは消し飛びました。
気持ちとしては、小松崎氏の絵は世界で通ずる芸術だし、その心に共鳴・共振するお客さんを狙って作る作品なのだから、逃げたら絶対にイカン!というのがこの時点でようやく決まりました。


スコアやゲームオーバーの表現も、方向性的にゲームとしての機能はあっても、「スコア=報告番号」「ゲームオーバー=作戦終了」という表現にしたり、画伯の絵のような激しさを表すなら「爆発して終わり」よりも自然と「遠ざかる轟音とクライマックスの音楽」っといろいろと決まっていき、現在の形ができあがりました。

完成の時点で思ったのは「日本人で、↑のような思い出がある人にはきっと響くはず!」ということと「こんなんで世界で大丈夫か?」という気持ちは全然あったのですが、モノ作りってのはとにかく、まず、地元で面白くなくちゃイケないと思ってて、例えば少林サッカーなどがいい例だと思うんですが、地元の得意なネタをじっくりやれば、自ずと世界で響く、という、いまいち確証はないんだけど、それで行くぜ!というしかない代物になってました(^^;


結局のところ。。。

いただいた世界各国のReviewは、ほぼ全てが純粋に「ゲームとして」、光栄なことに、ホントに多くの5つ星をご投稿いただけたのと(反省すべき指摘もたくさんいただきました!)


発売開始時にスコアランキングが全て日本人だった時に、Touch Arcadeのフォーラムで「日本人がアメリカ人を殺すゲームでスコアを競ってる」という投稿が早々にあり肝を冷やしたのですが、そのフォーラムでは開発者が非常に普通にコメントするので、郷に入っては郷に従えで、へりくだる気持ちも押さえ


「敵はアメリカ人とはダレも言ってないし、私はそういう表現は好きじゃないんです。次のバージョンはもっといろんな敵も出ます。今の敵はゾンビだと思ってもらえますか?」


と、日本人感覚で言えば「滑ったら即死もん」というコメントをつけたら、その投稿者から即時に「了解!」とRESをもらえました。

興味深かったのは「日本のカッコいい戦艦なんて新鮮!!」という話が異様に盛り上がったり、さらに言えば日本以外にもいろんな「今までゲームに出てなかった各国の戦艦」の話が次々に続いたり、「アメリカ人を殺すゲーム、ドイツ人を殺すゲーム、という言い方はナンセンス。アメリカが勝つゲームばかりが出てるより、こうしたゲームが出るようになったのは良いことだと思う」という発言にかなり肯定的なRESが続いているのと、「アメリカ人を殺すのが嫌だ、というのは人によってあるんだろうから、それはいいと思う。だけど、日本人が忍者を殺すゲームを不愉快に思うか?思わないよね。俺はもっと純粋にかっこいいものをたくさん見たい」という海外の方の意見を見て、非常に勇気づけられました。


その他、「こんなゲームで審査通るのかな?」とまで心配していたAppleは、逆にスタッフのピックアップで各国で載せてくれたり、

総じて、世界中から「もっとたくさん遊べる用にアップデートを!」という反響が多く、ウチが描く大和も小松崎画伯程ではないにしろ、共鳴を得た感触を持つことが出来ました。

正直なところ、現在はランキングも落ち始め、、製作としては次バージョンを詰めてる最中でもありますが、こうして振り返ると、大和という題材を選んでから、小松崎氏の絵に込められたモノに共鳴し、自分が心配していた世界の反応も肯定的な反響に助けられたり、日本の濃いおっさん(ユーザー様)の勢いを感じたり、そうした共鳴をさらに次バージョンで新しくご参加いただける楽曲の方々とも「これは!」という話で盛り上がりつつ、ゲームの詰めも濃く、かつ、シンプルで味わい深くと、新しい形の挑戦は続いています。

この路線への共鳴は、実際はず〜〜〜っと昔からあったと思いますし、今回、それに気づけたことは幸いなことの一つでした。

そうした共鳴の一部を奏でられるよう、もう少し頑張りたいと思います。次期バージョン、是非ご期待ください!